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政治的実現性を科学的に考慮して経済政策を行う必要性

EU離脱を決めたイギリスの国民投票の波紋はいまだに収まる気配のない状況である。新聞などのマスコミには離脱に否定的な論調が多いものの、経済統合・自由貿易体制のあり方を今一度見直すべきだという意見も多く見られる。一口に自由貿易といっても協定の内容は千差万別であり、当然協定がもたらす経済的影響も大きく異なるであろう。それを断ったうえで、政治的実現性を科学的に考慮した上で経済政策を行う必要性を強調したい。

実際にそうであったか否かは別として、今回のイギリスの離脱騒動は、経済統合・自由貿易は国民の多数派に恩恵をもたらすものでなければ、民主主義体制の下では継続が困難になることを教えてくれたといえる。

「自由貿易協定によって自国のGDP(国内総生産)が何%増加する」といった試算はNAFTA(北米自由貿易協定)やTPPなどの自由貿易協定への加入を推進する際の根拠としてこれまで頻繁に使われてきた。しかし、こうした主張には注意が必要である。というのは、GDPは定義上、国内総所得(GDI)と一致するが、仮に自由貿易によって国全体のGDPが拡大したとしても、過半数の国民が所得を低下させることがあるからである。それは、所得を増加させた人々の所得増の総和が所得を減少させた人々の所得減の総和を上回る場合であり、そのときでも所得の総和=GDPは増大することになる。ここで注意すべきは、その場合は以前よりも所得格差が拡大しているということである。

では、国民の多数派が損をする可能性があるのに、なぜ各国政府は自由貿易を進めてきたのであろうか? これには少なくとも二つの要因が存在する。第一に、自由貿易がもたらす産業構造の変化とそれに伴う所得構造の変化を正確に予測することが難しいことが挙げられる。もう一つは、自由貿易により利益を得る産業と被害を受ける産業の力関係が政府の意思決定に影響を及ぼすことが考えられる。一般的に自由貿易は産業特化を進めると言われている。当然、自由貿易の推進により利益を得る産業と被害を受ける産業との対立が発生する。こうした利害関係者は、政府に対して熾烈なロビー活動を行ったり、一般国民に対して運動を展開したりするのだが、彼らの主張は一般国民に向けたものというよりは身内に向けたものになりがちである。それゆえに、差し迫った問題と捉えていない一般の国民にとっては利益を受けるのか不利益を被るのかを判断しにくいのである。結果として利益を得る産業の勢力の方が現時点で優勢であり、政権与党に対して選挙での支援などの見返りを約束すれば、政府が自由貿易推進に傾くのは当然の成り行きとなる。

しかしながら、いざ経済統合や自由貿易協定に加入してみたときに国民の多数派が損をしたと感じれば、多数決またはマジョリティルールで意思決定が行われる民主主義の下では、長期的にはそのような経済体制の継続は困難になるだろう。一方で、一度協定に加入して産業特化が起きた後では以前の状態に戻れないことも予想され、何らかの見直しが政府にとって課題になる。

所得格差の拡大に関しては、適切な再配分を行えばよいという考え方がある。確かに大幅に所得が増大した人々からより多く税金を徴収するのは一つの方法である。しかし徴収した税金をどう使うのかが必ず問題になる。(特に低所得者層を対象とした)公共サービスの拡大が格差縮小に有効であるとは限らず、公共部門に発生しがちな非効率性が拡大する可能性もある。もう一つの方法として、ある所得レベルを下回る人々に対して一定額の金銭給付を行う「負の所得税」の導入も考えられるが、これに対しては人々の労働インセンティブを削ぐという批判がある。

いずれにせよ、GDPの増加・税収の増加といった一部の直接的な経済効果ばかりに目を向けて政策判断を行うのは合理的でない。政治的な支持(つまり国民の多数派からの支持)がなければ、その政策は長期的には継続不可能であることを考慮する必要があるのである。

近年では経済学の分野においても、ゲーム理論を応用し政治システムと経済活動の相互作用に注目した「政治経済学」が存在感を増してきている。それだけに分析が複雑化しているという問題もあるが、不毛な政治的対立をさけるためにも、こうした視点をもって政策判断が行われることが求められる。

鈴木しんじ

鈴木しんじ東京工業大学リベラルアーツ教育研究院非常勤研究員

投稿者プロフィール

1972年生まれ、東京都中野区出身。東京工業大学博士(理学)。
東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒、東京工業大学大学院社会理工学研究科博士課程修了。専門は政治経済学、公共経済学。連絡先はinfo@suzuki-shinji.net (@は半角に書き換えてください。)

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